Posterous に英文のブログを始めたった(いつまで持つか?)

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米国に数年住んだ経験があるのに、英語を読むのも聞くのも苦労している。しかし、もちろん少しでも上達したいとは思っている。そこでブログサービスの Posterous の一つ、【18th.keizo’s posterous】で英文ブログを書いて行こうと思い立った。

英語で情報を得るには、ウェブだと、読む、聞く能力が上がれば相当楽になるだろう。でも根拠はないが、英文を作る能力も、英文の理解力を上達させるのではと思ったのだ。英文の表現に馴れるだろうし、語彙も増えるだろう。記憶力の減退をハッキリと意識しているので苦労はするだろうが、続けていればプラスになってもマイナスにはならないだろうと思う。

英語でポストしようと言うのだから、当然、英語が理解できる外国の人にも自分の思いを伝えたいという気持ちはある。だがそれよりも、上記の通り英語の情報をできるだけ苦労をせずに得られる能力を身に付けたい。それが一番の理由だ。

でもどうして英語の情報を得たいのか?それは強い根拠がある訳じゃなく、あくまで僕の印象なのだが、日本語の情報だけじゃどうしても偏っているような気がしているからだ。特に新聞等のマスコミが流す情報に関してはその感覚を強く持つようになった。

ウェブでは日本語の情報と言えど大海原を彷徨うようなものなのに、それでも足らないと思うのか?また自分はそこまで掘り下げ、探す努力をしているのか?そう指摘されると、確かにまだまだ知らない情報が一杯だ。だから自分に情報を探しだす能力が無いだけなのかもしれない。あるいは英語の情報を得ることでバランスが取れるというのは僕の思い過ごしかもしれない。

だけど何度も言うが、新聞や通信社から流れてくる一次情報の視点が、日本発の日本語だけのものだと、かなり薄く、そして偏っているような気がしてならないのだ。酷い時は信用ならないというか、情報を操作されている感情さえ持つことがある。そんなことを米国在住の友人に話したら、「それは米国だって同じだぜ」って言われた。だから自分でそれなりに調べるしか無いよとのことだった。

だとしたら僕がやろうとしていることは徒労の一つかもしれない。でも、そこは自分のカンを信じるしかない。ナンじゃそりゃ!!結局、根拠が薄い閃きでしかないのか!!でも決して悪いことでもないだろう。言語だけの問題ではないが、やはり言語が違うと文化も違う。ならば視点が違っても不思議はない。別の視点から物事を眺められる、考えられる切っ掛けにはなる筈だ。

Posterous なら何となく長文でなくても良さそうに思うし、気軽にポストができそうな気がしている。果たして何処まで続けることができるかも疑問だが(さっそく大変さが身に染みている)、何とかできる限り続けてみようと思っている。もし英語に心得のある方なら、いや無くても良いのだが、その表現は無いだろうとか、どうぞコメント欄等で突っ込んで頂きたい。

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このページは、keizoが2010年2月26日 17:56に書いたブログ記事です。

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