インターネットってやっぱり凄いと思う

先日、はっぴいえんどの【風をあつめて】を聞きたくなった。何のコマーシャルだか忘れたが、BGM に使われていて、たぶんにそれを耳にしたからだと思う。

まずはググってみると、YouTube にアップされていた。ついでに Wikipedia もチェックしたら、1971年に【風街ロマン】というアルバムに収録されていたらしい。もう 36年前かあ。未だに色褪せない名曲だなと思う。

そして目的の【風をあつめて】を見(聞き)終わった後、はっぴいえんど関係の YouTube の映像をはしごしていたら、この【風をあつめて】をカバーされている Gougouchan という人の映像に遭遇した。いや上手いんですよ。て、言うか、思わず聞き入ってしまった。だから上手いかどうかはともかく(だって僕にテクニックがどうのこうのと言えるほどの技量も無い)、とにかく聞き入ってしまったのだ。

脈略が無いかもしれないが、この方の映像を見ながら、僕が 30歳を過ぎた頃かな、タイのコ・パンガンという島にフラッと出かけた時のことを思いだした。当時、勤めていた職を辞めてというか、会社自体が解散し、次の定職につくでも無く、バイトをしてとにかく何処かへ行ってみたいとタイを選んだのだった。

バンコクではトラベラーズチェックの盗難に遭うなどロクなことは無かったが、コ・パンガンに着いた途端、いやあ楽しかったなあ。この島、当時はまだそれ程開発されていなくって、何となくヒッピームーブメントの面影がほんの少しだけ残っているような島だった。もっとも、金の無いバックパッカーを相手とは言え、観光地化されてはいたのだが。

その島で、アジア系の人だとは思っていたのだが、あまりの溶け込みように日本人では無いだろう、少なくとも昨日今日やって来たバックパッカーでは無いと思える人が居た。カフェテラスやビーチで会う機会があっても、もちろん日本人が居なかったからだが英語で喋っているし、まあ当初は正体不明の人だった。

結局、何度か顔をあわせるようになって日本人だというのが解ったのだが、ある時その彼と島内のバンガローを散策していたのだ。海を一望にできるバンガローに住み着いているイギリスからの男を訪ねて、その彼のトランペットの演奏を聴かしてもらったりした。いやあそれはやっぱり凄いですよ。絶壁に近いような所から海を一望し、生でトランペットの演奏を聴く。凄い贅沢な気がしたもんだ。

そして夕暮れ近くになり、ビーチに降りて夕陽を見ようということになった。その時、件の日本人がギターを借りて来て、日本語の歌詞で弾き語りを始めたのだ。たぶん即興だと思う。少なくとも僕の聴いたことの無い曲だった。

夕陽が海に沈みつつ、空が徐々にだいだい色に染まるのを見ながらその歌声を聴いていて、僕は何故だか涙が出てきた。何かが悲しいというのでは無い。ひょっとしたらその旅に出る前の、上手くいかない日本での自分を思って感傷的になったのかもしれない。そういう感情の揺れは確かにあったのかもしれない。でも僕の精神状態がどうであれ、一つの曲で心が突き動かされたことが一方で驚きでもあった。

それ程感動したのに、今となってはどんな歌だったか全然覚えていないのだが、『うわ、詩って、音楽ってやっぱり凄いんだ。』、そんな思いを更に認識したのだけは強烈に印象に残っている。音楽に心動かされることって色んな状況があると思う。コンサートからだって、レコードからだって、あるいはラジオや、フト街を歩いている時に何処からとなく流れている楽曲からだってあるだろう。でも一つ言えるのは、有名なアーティストだからという前提がある訳では無いということだ。少なくとも僕の場合はそうだった。

確かに多くの人に慕われたり、人気を博しているものが強い力を持っていることは否定するつもりは無いし、それはそれで凄いことだと思う。だけど感動しちゃったら、それはもうその感動した人にとっては動かしがたいものなんですよね。有名な人の演奏かもしれないし、そうでもないかもしれない。いずれにしても、それらのことは感動した後の付随事項だと思う。

こんな書き方をしていると Gougouchan って方が有名でないことを殊更強調しているように読めてしまいますね。ひょっとしたら僕が知らなかっただけで、ネットでは既に結構有名な方なのかもしれない。実際、コメントもかなり付いているし。

そんな訳で脈絡無く過去の思い出が蘇ったのだが、あらためてインターネットって凄いんじゃないかとも思った。ネットを彷徨っていると、やたらと読ませる文章に出会ったり、今回のように楽曲まで映像付きで見れたりするようになった。もうね、それが当たり前のようになっているけど、ほんの十年前には考えられなかったことじゃないだろうか。

市井の方で凄いなという方に出会うには、マスコミで取り上げられて知るというのが一般的じゃなかったろうか?こういうことが当たり前になりつつあるってことは、表現する方も極端に増えたことも含めて、これはもう、人々の考え方や行動様式に変化が表れても何ら不思議ではないように思う。それがどんな変化なのか、僕にはまだ上手く表現できないし、纏めることもできないのだけど。

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コメント (4)

匿名:

「感動するのに有名とか無名とかは関係無い」とか、
「ネットって凄い、十年前には考えられない」とか、
当たり前すぎて「何をいまさら…」って感じだなぁ。
「ネットが人々の考え方や生活を変える」なんて、
何百回と聞かされたフレーズだし…。

いつも読ませてもらってますが、
今回ばかりはあくびが出ました。
やたら長くて、中学生の作文みたいですね。

keizo:

>匿名さん
 何百回と聞かされたフレーズだし・・・。そうですか。ぼくは聞かされただけでなく、僕自身が感じました。些細なことですが実感を持って。

森井ゴンザレス:

いつも読んでる記事は評価せず匿名でネガティブコメント。
なんというネット弁慶!

kwmr:

ああ、僕もそういう実感はよくわかります。

ネットのすごさをさらに凄くするために、こうした思い、実感を発信することの大切さを、最近よく考えます。

とてもいいお話をありがとうございました。

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