東京一極集中とか地方の活性化とかよく耳にする。大阪とか名古屋、あるいは福岡の博多など、ある程度の地方都市ではそれなりに便利というか、まあ活気はあると思う。
でも確かに『えっ!?』と思うところもある。最近は父方の郷里の香川県のとある街とか、友人の住んでいる越前のとある街など、ほんの数ヶ所しか知らないが、昼間でもひっそりと静まり返っていたり、駅前の商店街の多くがシャッターを閉ざしているのを目の当たりにしてるので、おそらく同じような所が日本全国いたる所にあるのだろうと察しはつく。単に人々の行動範囲が従来の駅前中心から移動しただけのか、あるいは人口自体も減少しているからなのか、おそらくその両方なんだろう。
マスコミからはそれらが問題だという情報が流れてくる。税金を納める立場の人達が減少し、住民に対するサービス、上下水道とかゴミの収集とか医療のこととかその他諸々のことを廉価で提供する税収が望めない。つまりは財政破綻をしてしまう都市が雨後の筍のように出てくるんじゃないかとの危惧なんだろう。そりゃ、税金を納める人が少なくなると税収も少なくなるだろうし、どんなサービスを提供するにもコスト高になってしまう可能性は十分に判る。でもそもそも日本全体が急速な少子高齢化に伴い、そういう傾向にあるんじゃないのだろうか?
で、最近頭の中で巡っていることなのだが、確かに問題なのは判るが、じゃあ我々住民はどんな街を理想としているんだろう?そのへんがどうも具現化しないんだよな。そんなの無理だって。人それぞれ考え方も違うし、立場も違う。だから集約なんてできないだろうというのも判る。だけどさあ、そろそろそういう作業をしていかないと駄目なんじゃないかなと思う。いつまでも『役人やら政治家に任せた』だけじゃあ立ち行かないのじゃないかな?て言うか実際どうもロクな物になっていないような気がする。
じゃあ何をどうしたら良いのだろう?ぼくはまずは『こうあったらいい』とか『こうなりたい』とかを自分でイメージして声に出したり文章にしたり、あるいは思い描くことから始めてみたらどうだろうかと思う。『これが嫌』より先に『こうありたい』。『こんなの駄目』より『これが良い』。そんなことで何が変わるかって思いますよね。でも自分を例にしてみても、以外とその考え方で生きてこなかったんじゃないかなって思う。もちろん全然ってことは無いですよ。程度の差こそあれなんだけど。でも批判とかケチつけるのは簡単だけど、その逆って意外とやって来なかった人が多いんじゃないだろうか?そんなことないですか?そうですか。
そもそも単純なことなんだけど、何処に向かうか行き先が判らなかったら、それが寄り道なのかどうかさえ判らない。遅きに逸した感がないでもないが、これからの自分はその方向性で物事を考える癖をつけようと思っている。
