世界が明石家さんまさんで溢れていたら

ぼくは明石家さんまさんって好きです。高田順次さんなんかも好きだけど。まあ勝手なぼくのイメージだけど、何でも笑いに替えちゃうとことか、俗に言う前向きに生きるというほどストイックじゃないが、でも結果的にそうなっちゃってるように感じるところとか。それに何て言っても明るい。

やっぱり生きてると色々ありますよね。斜に構えちゃうこともあるし、憂鬱になることだってね。ブラウン管を通さない彼らの姿はまた違うでしょう。そりゃ多少なりとも違って当り前だと思う。だから大前提として、あくまでブラウン管を通してのイメージなのですが。

でね、今日散歩中にフト閃いたんですよ。まあ歩いてると色々考える。というか閃くんですね。硬軟取り混ぜて。

そんなに明るい明石家さんまさんだけど、もし世界が明石家さんまさんで溢れていたらどうだろうって?やっぱりそこには楽しい世界が間違いなく現れるんだろうかって。そんなあり得もしないことを思い描いたって仕方が無いが、つい考えてしまったんですね。

結論には至ってないけど、たぶんそうとは言えないんじゃないかと。周りの人が明石家さんまさんだらけだと『そりゃ、結構うるさいぞ。』とか、『ひょっとして落ち着く暇もなかったりして。』とか。もちろん日々の生活を笑いに替えて楽しく生きて行けたらそれに越したことは無いと思うし、何て言うのかなあ、前向きでプラス思考で事に臨む方が良いと思う。そりゃあ間違いないとさえ思う。

だけど皆がみんなそんな人だらけだったら。いや実際にはそんなことあり得ないんだけど。それで万事は幸せ、ハッピーなんだろうかと。うーん確かに良さそうだし、それに自分だって日々そうありたいと思っているのに、なんか釈然としなかったんですよね。

そこで当り前のことなんだけど、色んな人間が居るから考えようによっては面白いんじゃないだろうかと。自分だって暗い人間よりも明るい人間でありたいと思っているし、そういう人間が増えた方が良いと思っているのに、なんか矛盾しちゃってるんだが、やはり色んな人間が居るという現実はそれなりに面白いんじゃないだろうか。

おそらく世はプラス思考が隆盛のような気がする。少なくとも皆そうありたいと思っている節があると思う。何がプラスなんだかマイナスなんだか判らないけど・・・。でもさ、たとえ自分が自分で思い描いている自分で無かったとしても、まずは自分を認めることって大事なんじゃないだろうか。そしてそのギャップを決して責めないことだと思うんだけど。

まずはありのままの自分を認めて、それでこうありたいと思うのなら、ちょっとづつでも自分の思う方向に行動して行く方が、結果的には精神衛生上もいいんじゃないだろうか。

やっぱさ、明るく楽しく生きたいのはやまやまだし、それは素晴らしいことだと思うけど、無理しちゃいかんと思う。慌てちゃいけないと思う。それにほら、あなたの周りがみんな明石家さんまさんのような人ばかりだと、それはそれで結構キツイような気がする。

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