新聞の持っている利点

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新聞には、普段積極的に興味は持っていないけれど、頭の片隅で感じている想いを喚起させてくれる。そんな効能があるじゃないかと、昨日、新聞を読んでいてフト思ったんです。

ウェブだと自分が知りたいからこそ、能動的に検索をする。でもそれは自分の興味の対象を限定しているところもあるんじゃないでしょうか?もっとも偏っているのはぼくだけであって、ウェブでもニュースサイトの RSS 購読を通して、色んなことにアンテナを張っている方もいらっしゃるでしょう。だからこれはぼくに限ったことなのかもしれません。ぼくの場合、RSS 購読だと往々にして見出しの流し読みになってしまいます。だからその記事がどれ位の分量の記事なのか?画像はあるのか?そんな情報を一瞥することは、見出しに興味を引いて、もうワンクリックするしかその術はありません。見出しを一瞥して興味を引く内容じゃなかったんだから、自分にとってはそこまでの情報なんだと言えばそれまでなんですが・・・。

でも人間の目はかなり柔軟にできているように思うのです。新聞紙上でもまず見出しに目が行きます。ただ、その時点で記事の分量だとか、画像の有無は既に頭の中に入ってきています。あるいは小見出しさえ入っているでしょう。そうなってくると、ちょっと読んでみようかという気になりませんか?かなり受け身な感覚ではあるのですが、確かに備わっている感覚じゃないでしょうか。

頭の中って、整理されていないことがゴチャゴチャに入っていると思うんです。だから普段は表面に出て来ていないけれど、何か引っ掛かるというもので溢れている。そんな状況だと思うんですね。もっとも、RSS の見出しだけでもそんな潜在的な興味なりを喚起することはあるとは思います。だけど、新聞、あるいは書籍(雑誌)なんかもそうかもしれませんが、そういう点では、つまり概略を掴むのには RSS で見出しを追うよりは適しているのかもしれません。

ぼくも新聞は廃れて行く傾向、あるいは変わらざるを得ない状況にあるとは思っています。だけど、人間の生理に合ったというか、能力を引き出せるような情報の見せ方というのは、紙という媒体で無くても結構重要なんじゃないかな、なんて思っています。いずれ紙のように携帯性に優れた電子ペーパーのようなものが現われるかもしれません。でもそれまでは見出し、キャッチが更に重要度を増して行くんでしょうか?あるいは、人間の生理の方が見出しやキャッチで判断するという風に変わって行ってしまう。いや、既にその傾向にあるのでしょうか?

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このページは、keizoが2007年3月25日 20:06に書いたブログ記事です。

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