佐賀のがばいばあちゃん

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もう一ヶ月近く前なのですが、島田洋七氏の【佐賀のがばいばあちゃん】の文庫判を購入し読みました。フラッと立ち寄った書店で山積みにされていたのですが、何となく気になってプロローグを立ち読みし、面白そうなので買っちゃったんですが、なかなか面白かった。と言うより、何故だかジワッと目頭が熱くなることも度々でした。涙腺が弱くなっているんですかね。

書籍の帯によると今年の1月4日にはテレビドラマ化もされたとのこと。最近テレビを見ることが少なくなったとは言え全然知らなかった。しかも映画化もされていたんですね。今回のエントリの主旨とは離れますが、最近、ぼくの得る情報って、かなり偏ってるかもとあらためて思った次第です。

それはともかく、読んで良かったんだから直ぐにエントリを上げれば良いものを、何だか纏まらない考えが浮かんでは消え、延び延びになってしまいました。かと言って、今でも結局纏まっていないんですけどね。

何を考えたかと言うと、貧乏をしているとか、あるいは極端に言うと、自分の望まない社会の中で生きていようと、本人の心持ち一つで幸せを感じることができるもんなんだろうなということ。それは真実だろうなあとは思うんですよ。だけどね、例えば政治とかって、できるだけ多くの人が幸せを感じることができる為に皆さん骨をおってる訳ですよね。まあ、その原則を外れたような振舞いが、いつになっても先生と言われる方々から散見されますが・・・。でも基本はそうだと思うんですよね。いや、そうでしょ?

だからまあ、文句の一つも言いたくなるし、時には不満も持ったりする訳です。もちろん万人が幸せを感じるシステムとか法律とかを整備するのなんて、こりゃ至難の業だというのも心の何処かでは理解はしているんです。それに要求ばかりじゃなくて、自ら義務とまでは言わずとも、普段の振舞いを正せよということも。

そんな訳だから、直接、政治とかに参加するとかはともかく、それなりに関心を持ったり、自分なりの考えを整理することも大事なことではと思うんです。だけどね、そんな事とは一切関係なく、日々自らのやること、やれることを一生懸命やって、さらにここは大事なことだと思うのですが、他人の痛みにも思いを馳せ親切であるならば、それこそ自分の思い一つで幾らでも幸せを感じることができるのではと思ったんです。

まあ暴論、極論だけど、それこそ政治とか要らないんじゃ無いかとさえ思えたり。とは言っても、それはやっぱり極論で、皆がそんな気持ちになれないからこそ、ある意味調整する機関なりシステムが必要なんでしょうけど。

まあ、そんなようなことを、この【佐賀のがばいばあちゃん】を読んで以来、ふと頭の中を過るんですよね。今のところは、自分の心持ちが何にも増して大事だぜというのは間違いないと思うんですけど。

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漫才も普段の会話も面白いよう洋七さんですが。がばいばあちゃんは面白いですね。 貧乏はイヤですがそれにも負けない精神力の強さを感じます。 続きを読む

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このページは、keizoが2007年3月12日 15:15に書いたブログ記事です。

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