関西人は納豆をあまり食べないと、よく言われている。確かにぼくが幼少の頃はスーパーマーケットなどでも陳列の占める割合は少なかった。しかし今は決してそんなことは無い。棚のスペースもそこそこ取っているし、種類だって色々ある。
我が家も毎日とは言わないが、主に朝食には納豆を食す。それがご存知の通り、ぼくが食品を購入するスーパーではここ数日ずっと売り切れなのだ。と言うよりどうも入荷していないようだ。
どうやらテレビの影響のようだ。ぼくはその番組を見ていないので詳しくは知らないが、ネットで見た限り、ダイエットに効果があると放送されたそうだ。テレビの力と『ダイエットに効果』というキーワードの凄さ。恐れ入る。それにしても、ぼくが最初にスーパーの納豆の棚がスッカラカンなのを目撃したのは今週の火曜日。いくら何でも、今日金曜日にはそこそこあるだろうと思っていたのだが、今日も見事に空っぽだった。ちょっと異常じゃないのかと思う。いや少々不気味にさえ思う。
テレビを視聴する人が減ってきていると何年か前に見聞きした記憶があるが、まだまだテレビの影響力ってのは凄いなと再認識した。そこで、ふと、ネットだったらどうだろう?そんなことを思ってみた。まずこんなに瞬間的に在庫が無くなるような事態にはならないだろうと思ったのだが、違うだろうか?
最初にぼくの頭の中に思い浮かんだのは、ネットを常時利用する人って、何の疑いもなしに情報を鵜呑みにしてしまう人が少ないのではということだ。日頃から、収得した情報にバイアスを掛けて接することが習い性になってはいないだろうか。皆が皆そうだとは思わないが、比較的にその傾向の人が多いように思うのだ。だから有名どころから出た情報であろうと、いやちょっと待てと、それなりに情報を精査しようとする。
しかし暫くして、確かにネット常時利用者にはその傾向が強いとは思うが、それが決定的な理由で、つまり一つの情報で瞬間的に納豆の在庫が無くなるような事態になるのでは無いと思いだした。じゃあ次に思い浮かんだのは何か?
それは能動的に情報を収得するか、受動的にするかの違いじゃないだろうか。そう思いだしたのだ。もちろんテレビの場合も『面白そうな番組だな。』と思ってチャンネルを合せる場合もあるので、一概に受動的とばかりは言えないかもしれない。それにネットでも目的も無くリンクからリンクを彷徨うことだってある。しかし両者を比較対象すると、やはり情報収集という行為に関してはネットの方が能動的な気がする。
まず自分の興味があって検索なりの行動をとる。RSS フィードで情報を取得していても、そのサイトに興味があるからこそフィードを登録している訳だから、自ずとその人の興味というのが中心になるし、それに興味の細分化はテレビの比では無いだろう。簡単に言ってしまえば、チャンネルが10そこそこなのと、少なくとも何百の違い。視聴率にすれば随分と違いが出てくるのじゃないだろうか。
複合的な意味合いはあるだろうけど、どうも後者の方が、今回のぼくの『どうだろう?』の回答と言うか分析の結果に近いような気がする。だからネットって、口コミっぽい情報伝達のスピードなんじゃないだろうか? IT と言えば何となく人の温もりが感じないと思われることがあるような気がするけど、意外や根っこの部分でその対極の要素があるんじゃないだろうか。
