【絵文録ことのは】の【ケータイ文化圏とネット文化圏の深い溝】というタイトルに目が止まった。なかなか刺激的なタイトルですよね。ぼく自身は深い溝という程の感覚は無いが、確かに携帯は通話機能しか使ったことの無いぼくからすれば、パソコンは使わないが携帯でネットを利用するという人はぼくの想像以上に多いのかもしれない。
iモードが出てきた頃、少し触ってはみたのだが、何だか邪魔臭い、プラスこれで利用料金が跳ね上がるのはたまったもんじゃないと思い、以来使ったことが無い。そんな自分だから携帯を使用してのネットの利用については評価ができないと思う。初期の頃(今、wikipediaで調べたら1999年開始とのこと)から較べたらきっと使いやすくはなっているんだろう。しかし外出する機会も減ったこともあり、ほんとにたまにメールを使うくらいだろうか。
しかし、そのたまの外出時、ちょっと目的の場所を調べたいとか、諸々の情報を得たいと思うことは確かにある。おそらく携帯でも得られる情報だとは思うのだが、普段使っていない携帯でそれらの情報にアクセスするのが億劫になって、結局、通りすがりの方に聞いてみたりする。それはそれでプラスアルファーなことが聞けたりして楽しかったりするのだが、目的の情報に辿り着けずに思わず時間が掛ってしまうことも多々ある。
そんな時、携帯も多少なりとも使いこなせなければと思うが、如何せん必要頻度が少ないというのが積極的になれない主な理由なのかもしれない。
とまあ、パソコンであれ携帯であれ、同じくサーバー経由でネットを利用しているのに、アクセスするハードが違うだけでここまで差が出るものなのかと今更ながら感慨深くもある。と、今思ったのだが、今でこそ定額制とかがあるようだが、初期の頃はアクセスするだけで課金されるというのが、ぼくが積極的になれなかった理由なのかも知れない。
この間もW-ZERO3ならどれ位の料金だろうと調べたのだが、概略を理解するのにどれ程掛ったか。それは携帯キャリアでも同じだろう。敢えて調べなかったけど、ホームページの料金設定のページを開けただけで頭が重くなってしまった。しかしそれをものともせず、携帯を積極的に利用している人が多数いるわけだから、やはり単に自分がその気になれないだけなのかもしれない。
もちろん携帯専用のサイトだと情報量が少ないだろうとか、アクセスに辿り着くまでの操作が煩わしそうという、少しばかり覗いただけだから、多分に第一印象によるが、情報の見せ方に対する危惧もある。だけど、もっと料金形態がシンプルでそして安ければ、おそらくぼくももっと積極的に利用していたかもしれない。
おそらくインフラの整備に莫大な資金が必要なのだろうというのも想像はつく。しかしいくら何でも電話機本体は0円とかに設定して、その分を通信料金に上乗せしようというようなやり方にも反発を覚えていた。まあ、自分一人が反発をしたってどうってこと無いし、ましてや携帯電話自体は持っている訳だから意味の無い反発なのかもしれないが。
結局、携帯でのウェブの利用が限りなくパソコンに近づいてくれて、かつ安く利用できるというのがぼくの理想なんだろう。でもそれには後暫く時間が必要なのかもしれない。
