以前のエントリーで【天国の口、終わりの楽園。】がおそらくぼくの中のベストの映画だと記したが、この【セントラル・ステーション】も負けず劣らず one of the best movies だ。
友人から良い映画だと以前から勧められていたのだが、ぼくの近隣のTSUTAYAでは、これも【天国の口、終わりの楽園。】同様VHSテープ版しか在庫が無かった。ぼくの自室にはテープデッキが無く、リビング等で見るとどうも落ち着いて見ることができず、しばらく敬遠していた。しかしそういう映画に限って今のところハズレが無い。
Yahoo!映画によると1998年、制作国がブラジルとなっている。物語はブラジルはリオデジャネイロの駅構内で代書屋を営む中年女性ドーラと、代書を頼みに来た母子との代書依頼から始まる。
その母子は連絡が無い父親に宛て代書を依頼するのだが、その直ぐ後、母親が交通事故で死んでしまう。取り残された息子のジョズエ。行き場が無くなり駅構内で寝泊まりする。当初、代書屋のドーラは我関せずだったのだが、見かねて自分の家に招き入れる。
ドーラは少々荒んでいて、そもそも代書依頼された手紙さえ投函すること無く、その分の料金を自分の稼ぎにしているような女性だった。そんなドーラだからジョズエの面倒を見る気など無かったのだが、結局はジョズエを父の元へ送り届けようと、一緒にバスに乗り込むことになる。そんなバス旅行を含めた独り身の中年女性と少年のロードムービーである。
自分自身と自分以外の人間との関係。それが血の繋がりのある親子関係なら理屈を通り越した愛情に包まれているものである。と、ぼくも思うのだが、一方で時として血の繋がりがあろうと憎しみ合い、酷い時には自分の手にかけて殺すことさえある。となると、血の繋がりがあればすべからく愛情を持つというのは万人に当てはまることではないのかもしれない。肉親を殺す様な人間は本能が破壊されている人間と言えるのかもしれないが、どうもそれだけでは釈然としない。この映画を観てそんなことまで考えてしまった。
と言うのも、この映画は血の繋がりどころか、つい先日まで見知らぬ物同士で、しかも中年女性と少年という年齢も性別も違い過ぎる二人が、お互いに心を通わせて行く過程を見事に表現していたからだ。
人間が他人に対して心を通わせる想いやら行動ってどんなものなのだろう?瞬間の感情なのだろうか?それともじっくりとした観察からだろうか?おそらく、それはハッキリと規定されるような代物ではないのだろう。でも人間には確実にそういう感情やら、それこそ本能のようなものが備わっている。そういうことを確信させてくれるような映画だ。
血の繋がりがあろうと反目することもある人間。一方で血の繋がりなどなくとも解り合えることのできる人間。時として信じられない程救いようの無い人間なのだが、やはりとてつもなく愛おしい生き物でもあると思わせてくれる。

