ギルバート・グレイプ

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秀作である。アイオワ州エンドーラ。キャピングカーで旅をする人達もただ通過するだけの退屈な田舎町。そんな町から生まれて24年間出たことが無いギルバート。彼は、夫が自殺してから過食症を病んでしまい、今では体重200kgを超える母親、知的障害の弟アニー、それに2人の姉妹と生活をしている。彼が一家の大黒柱で、この町で家族を守って行くことで精一杯。そんな彼が旅の途中、車が故障し、部品が届くまでの間この町に留まることになったベッキーという若い女性と知り合う。

まず印象に残ったのがギルバート役のジョニー・ディップ、そして知的障害の弟アニー役のレオナルド・ディカプリオの演技の上手さだった。1993年の作品だから今から13年前。でもヤフー映画によると、この時点でジョニー・ディップが30歳、レオナルド・ディカプリオが19歳だったのか。撮影時が1〜2年前としてももっと若い頃の作品だと思った。それだけ役柄を上手くこなしているということだろう。

注:ここから先はネタバレの感あり。

原題は"What's Eating Gilbert Grape"と"What's Eating"が付加されている。これは何を示唆しているのだろう?過食症の母親と関係があるのだろうか?その家族愛故に退屈な町を離れられないと暗黙のうちに思っているギルバート。知り合ったベッキーに『あなたの望みは何?』と聞かれ、自分以外の家族のことしか浮かんでこない。ベッキーとの出会いが、封印していた自分自身の望みを考える切っ掛けを与えたんだろうと思う。

さて、ここから先が観る人によってどう捕らえるか様々なんだろうと思うし、またそれで良いと思う。ぼくも二日前に観たままこのエントリーを寝かせていた。それだけ『ああ、これか。』と、ぼくなりの解釈をイメージできなかった。でも今これをタイピングしている時点で、具体的な言葉にはできないけれど、これが象徴的なことなんだろうという思いが浮かんできた。

それはアニーの誕生日の後、しばらく二階の自室で眠ることが無かった母親が、珍しく二階に上がったかと思うと、そのまま息を引き取ってしまうのだが、なにせ200kgを超える巨体。遺体を家から出すにも町の住人の見せ物になってしまう。死して尚、母親をそんな対象にさせたくないギルバートは、生まれ育った我が家を母親の遺体と共に焼き払う。

この家は父が自ら建てた家。そしてその地下室で父が首つり自殺を図った家でもある。ギルバートはその家を父が死した後長らく守ってきた。その思いでなり、あるいは自分に纏わり付いていたしがらみの様な物を解き放つ意味合いも無かったのだろうか?

おそらく何度か見直せば原題の示唆するところも判るかもしれないし、ぼくの解釈も変わるかもしれない。映画って小説と同じように、見直せば新たな発見があったり、自分の感じるところも変化するのかもしれない。ぼくは決して映画通ではないけれど、そんなところも映画の面白みなのかもしれない。

なお、このギルバート・グレイプ、冒頭のシーンとラストのシーンが同じシチュエーションなのだが、そのセリフの違いがこの映画を象徴しているような気もしている。

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ギルバート・グレイプ(ジョニー・デップ)には 街を離れられない理由がある。 知的障害を持つ弟アーニー(レオナルド・ディカプリオ)。 母のボニー(ダー... 続きを読む

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What's Eating Gilbert Grap

英語の言いまわしで
何が?をいらからさせるのか?
です。

>だんさんコメントありがとうございます。
なるほど、その訳が解ればタイトルとしてもすんなりときますね。

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このページは、keizoが2006年9月10日 12:20に書いたブログ記事です。

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