アメリカン・ビューティー

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アメリカの中流家庭が舞台。かなり仕事にやる気を無くした夫と、不動産業を営むものの、仕事にストレスを感じている妻のセックスレス夫婦。そして自分の容姿が友達と較べて劣っていると思っている娘。夫婦間だけでは無く、親子間、いや家族間の関係もかなり形骸化しているバーンハム家。

そんな家族の隣に厳格な海兵隊員の父、その父に隠れてプッシャー(ドラッグディーラー、と言ってもマリファナだが)でバイトでは稼げない様な大金を稼ぐ息子、そして厳格な夫にはとても逆らえないという感じの母の三人家族のフィッツ家が引っ越してくる。

物語はバーンハム家の夫、レスターが娘の友達に一目惚れし(未成年者だから、アメリカ社会では表向きかなり大変なことだろう)、それが引きがねでもないのだろうが、かねてからリストラに熱心だった会社を辞めてしまう。その後は娘の友達の気を引こうとシェイプアップに取り組んだり、フィッツ家の息子リッキーからマリファナを調達して、若き日に夢を見たポンティアックサンダーバードを購入したりと、自分の欲求に素直に行動しようとする。もちろん娘は更に父を嫌悪し出す。

その他にもご近所にゲイのカップルを登場させたり、バーンハム家の妻の不倫とか、日本でもありそうな情景である。まあ、マリファナのプッシャーだとか、フィッツ家の父が銃のコレクターで、自宅の棚に何挺も銃を持っているのは日本では稀と言うか、少なくとも当たり前では無いだろうけど。

そんな家族が崩壊して行く過程(たぶん)を描いているのだが、どうも腑に落ちないのだ。起こっても不思議は無いなというストーリーだし、表題の【アメリカン・ビューティー】が、果たしてどんな物やことが美しいのか?そういうことを考えさせてもくれるのだけど、やっぱりストンと納得させられないのだ。

実はこの映画、最初の5分で以前テレビで観たことを思いだした。不覚にもタイトルだけでは思いだせなかったのだ。まあ何度観ても別に良いんだけど、ちょっと気落ちした。そういうことも腑に落ちない理由だったのかもしれない。それでもその最初の5分ではストーリーを思いだせなくて、観ながら『そうだったな。』と、それなりに退屈せずに観てもいた。

DVDを観終わった後でメイキングのような物を観たら、やたらと新聞等のメディアで絶賛されていた。もっともそのDVDに入っているものだから、そんな賛辞も当たり前だろうけど、そんなに凄いかと思ってしまった。そして後からネットで映画評などを見てみたら、この映画がアカデミー賞と知って更に不思議だった。でも検索で見つけた【STAR WARS研究誌 HOTH PRESS】というサイトの映画評があったのだが、この著者の【アカデミー賞】に好まれる映画にはパターンがあるという説を読んで、なるほどそうかもしれないと納得させられた。どうやら、ぼくがアカデミー賞というものに権威を持ち過ぎていたのかもしれない。

それにしても、この符の落ち無さは何だろうと考えてみた。そうしたら、ホンの少ないぼくの経験だけど、アメリカの社会って、家族、特に夫婦間に、こうあるべきだというような希望像の様なものが強いんじゃないだろうかと思い当たったのだ。それが建前として認識していても、敢えて行動でその建前に近づけようともしている。例えば、ホームパーティーなどで夫がそっと妻の肩を抱いたり、『I love You.』を繰り返したり。いや、建前じゃ無いかも知れないし、例えそうだとしても、それが一概に悪いことだと言えないとも思う。だって行動なり言葉に出すと、精神もそれにつられて変化するということもあるだろうから。

実際には離婚する人だって結構居るし、それはあくまで希望であって、理想像なんだろうと思うが、その度合いは日本人にはちょっと理解できないものなんじゃないだろうか?無理しているとも思わないのだが、何となくハードルの高さや質が日本とは違うような感じ。そんなアメリカ社会だからこそ、この物語にある種のリアルさやシンパシーの様なものを感じるのではないのだろうか?

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コメント(2)

アメリカの社会って、家族、特に夫婦間に、こうあるべきだというような希望像の様なものが強いんじゃないだろうかと思い当たった

 激しく同意です。僕もアメリカの映画を見るたび、アメリカの奥さんはこうあらねばならない、アメリカの旦那さんはこうあらねばならないという規範のようなものを感じておりました。野心家の夫、それを支える頭の良い妻、みたいな。

 アメリカって自由の国だけど、ある特定の社会的階層の間では結構決まり事があるんだな、と思ってしまいます。アメリカに行ってみるなり、アメリカ人の友達を作るなりしていろいろ聞いてみたいです。

 若い頃にアメリカで暮らしたくせに、今も続いている生粋の米国生まれ米国育ちの友人が居ません。でもその時の空気感のようなものと、今も米国に暮らす友人との会話などからエントリーの様に感じていました。
 でも表現が難しいのですが、やはりその希望的な役割と現実とのギャップも日本とはちょっと異質な様な気がします。もちろん一般論的な見方で実際には人それぞれなんですけどね。

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このページは、keizoが2006年8月26日 12:20に書いたブログ記事です。

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