著者が終章の終わりに『本書の内容が、読者の中国理解にとって、いささかでも刺激になれたとしたら、著者にとっては望外の喜びである。』とあるが、その望みは十分にかなえられるのではないだろうか。事実、ぼくも中国に関する違う書籍も読んでみようかとか、一度中国の空気を吸ってみたいなとかなり刺激を受けた。
著者の加藤 徹氏は京劇の研究者だそうだ。と言っても、ぼくは京劇なる物に関しては中国の伝統芸能であるということぐらしか知識は持ち合わせていないが、何となく歴史そのものを研究してきた方とは違った視点と語り口を持っているような気がした。
本書は中国人の思考法などに関して、歴史を踏まえた研究と、実際に過ごした現在の中国の状況なども著者の視点で伝えてくれる。抗日戦争60周年にあたる2005年8月にも北京に居たそうで、表面的には中国は『反日愛国』一色だったそうだ。特にテレビのゴールデンタイムなどでは抗日戦争60周年特集番組ばかりだったとか。でもその一方で夕方の時間帯には『頭文字D』や『ドラえもん』などの日本製アニメを普段通り放送していたらしい。『頭文字D』が中国で放送されているなんて知らなかった。
昨今、中国に対して『どうもな。』と嫌悪とまではいかなくても、どちらかと言うと負のイメージを持つ人が日本では増えていないだろうか?まあ、連日に近く中国政府が日本政府に異を唱えている等と報道されたら、自然とそういう傾向になるかもしれない。ぼくだって100%その傾向が無いかと言われると甚だ心もとない。でも、ぼくは返還前の香港に行っただけだし、歴史についても十分に知ってるなんてとても言えない。友達や知人に中国の人が居るわけでも無い。かように、こと中国のイメージに関しては、かなりの部分をテレビ、新聞などの報道などから感じているだけと言っても過言では無い。
そんなぼくには(ぼくの様な方は結構多いんじゃないだろうか?)、この本はかなりの刺激を与えてくれた。
この本の『おわりに』の章に感銘を受けた部分があった。以下抜粋させていただく。
そもそも中国人にとって、中国社会の機微は、まるで空気のような、当たり前のものである。わざわざそれについて考える中国人も、中国人の暗黙知を明快な言葉で説明してくれる本も、あまりない。
しかし、外国を理解するときに勘どころとなるのは、しばしば、その国の人にとって自明の、空気のような機微である。
外国人が、中国の機微を理解するためには、「冷たい目」と「温かい心」の両方が必要であろう。
これは中国に対してだけでは無く、総ての国に言えることなのだろう。大事なのはその気になるかどうか。そして、空気のような機微だから、実際に彼の地で生活するなり友人を持つのが一番かと言うと、ぼくはこの本を読んで、いや、それだけでは無く、彼の地の歴史を勉強することも多いに重要なことではないかと思った。歴史を知っているのと知らないのでは、機微の理解度にも雲泥の差が生じるのではないだろうか。

