昨日、ここ何年かの通例で父方の郷里に墓参りに行ってきた。車で明石海峡大橋を経由して徳島の鳴門に入り四国横断道路を北上して行く。今回は所用で高松まで行ったのだが、この自動車道ができる前までは国道11号というのが、徳島と高松を結ぶ幹線道路だった。
もちろん今でも幹線道路には違いないのだが、父に言わせるとその道路の状況は年々変わって来ているとのことだ。
昔は主に観光客相手だとは思われるが、土産店やら地元の名物を販売する店舗が、その11号線沿いに結構あったらしい。確かに子供心にそのような記憶も残っている。ところがこの四国横断道路ができてから、そのような店舗が軒並み店じまいしているらしい。
県外から来る人間にとって、例えば鳴門から高松、あるいはその間の街に行くなら、この四国横断道路を使えば、もはや国道11号の多くの部分を素通りすることになる。それに安直と言えなくも無いが、土産物はその四国横断道路内のサービスエリアで済ませるということが増える。結果的に国道11号線沿いの店舗は来客数が減って採算が合わなくなった。そういうことなのだろう。
日本の様に平地が少ない所では、自動車道を造るとなると、丘陵地帯や山を削ったりトンネルを掘ったりと相当コスト高なのは想像が付く。だからこそ、そのコストを回収する為に通行料を徴収するという方法を選択したのだろう。
しかし利用する側からすれば、できるだけコストを抑えたいと思うのも当然だ。だから一端有料の自動車道から出て、一般道を走ってみよう等とはなかなか思えるものでは無い。寄り道をして再度有料の自動車道に入ろうと思えば、通行料は馬鹿にならない。となると利用する側は目的地以外はすっ飛ばす。それは必然だと思う。
通行料が掛かるとは言え、信号待ちも無く、渋滞さえなければ一定の巡航速度で目的地まで早く行ける。確かに便利には違いない。しかしその便利さの恩恵を受ける対象がどうも限られているように思うし、また便利さ以外に地元が受ける恩恵にも広がりが無いのではないだろうか。
たとえばこの自動車道に通行料が掛からず、一般道への乗り入れ口ももっと多ければ、その沿線の街の発展ももっと違ったものに成るのではないだろうか。ちょっと街の様子も見て行こうかという人は確実に増えるだろうし、結果として土産物店にしろ名物店にしろ、隆盛を極める余地ができて、引いては地元の税収にも繋がるのではないだろうか?
いやそれだけでは無い。そうやって沿線の街に活気が戻ってくれば、次に何か事業を起そうかという機運も出て来るものだと思う。今の道路行政を見ていると、そもそも何の為に道路を造るのか?その視点がどうも短絡過ぎるように思えてならない。
金が無いから仕方がないというのはハッキリ言って間違いだと思う。そもそもこういう仕事こそ行政の役目では無いのだろうか?金が掛かるのは当たり前。それを工夫し、そして投資をするんだと思わなければできるものではない。
日本は豊かに成ったと言われている。確かにそうだと思うが、何かちぐはぐな感じが免れない。本気で地方自治を推進したいなら、地方が自立し発展するような基盤を造ることは必要不可欠だと思う。それに投資したコストをどうやって回収するか?あるいは負担するか?その回答が通行料の徴収というのはいかにも短絡過ぎると思うのだが。
