最近、主に朝刊が多いのだが新聞に目を通すようになった。一時期、ニュースは専らウェブで読んでいたのだが、特に理由は無いが新聞も読むようになった。
4月までは毎日新聞だったのだが、父が契約切れを境に朝日新聞に換えてしまった。実はぼくは毎日新聞の方が読みやすいし、記者の署名があるのも好感を持っていたのだが、まあ一家に2紙も要らないだろう。
さて表題にある『関係者によると』という記事の書き方。これは朝日新聞に限ったことではないだろう。毎日新聞もそのような書き方が多かったように思う。
ふと思ったのだが、この『関係者によると』という書き方を、いっそのこと『取材によると』に変えたらどうなんだろう。例えば警察や検察、その他、それこそ関係者から聞いた話だろうとリークだろうと、記者が取材をしたことにはかわりはないし、夜討朝駆けでも電話取材でも、情報を得る行為は取材に違いない。
『関係者によると』と言うからには取材ソースを明かせないという事情も判る。でも、この『関係者によると』が横行すると、一体全体その記事の責任の所在は何処なんだ?ということがあまりに曖昧になりすぎないか?
常識として、記事にした時点で新聞社にその記事に対する責任ありと言えなくも無いが、心意気として、ハッキリと新聞社が取材したとの責任を明確にするべきだと思う。そういう意味では毎日新聞の記名記事はその責任の所在を明らかにしよう、少なくともその気持ちは持とうとの意思は感じる。
そもそも『関係者によると』だけではどんな関係者なのかサッパリ判らないし、穿った見方をすると、自分たちの取材の責任を回避して、『いや、その関係者がガセネタを流したんです。』って事を済ませようとの意図でもあるのかと疑ってしまう。というか、それ以外に何か理由があるのか?
情報ソースの匿名性を保ちたいなら明かさなければ良いだけの話で、わざわざ『関係者によると』を使う必要はないだろう。それならキッパリと『取材によると』だけで十分だ。そうすると読む方も、この新聞社の誰かがこの情報を何らかの取材で得て記事にしたということがハッキリする。
単に気持ちの問題かもしれないし、些細なことかもしれないが、記事についての責任を持つ行為というのは、新聞社にとっても生命線ではないのだろうか?それとも端から責任はご勘弁をと思っているのだろうか?




> それとも端から責任はご勘弁をと思っているのだろうか?
恐らくそうだと思います。記者なり損ないの人間の言うことなのでその程度のものとして受け取って頂きたいのですが、かつて受講していたWセミナーの講義で、朝日新聞の元記者がこのことについて語っていました。新聞記事では警察発表などであっても断言してはいけない、と。事故があったことは事実であっても、「県警によると・・・」のテンプレートを使わないと、万が一間違いがあったとき誤報になってしまうというのです。だから「関係者によると」は欠かせないのでしょう。そういう逃げ腰の態度で記事の正確性を保つことに意味があるとは思えないのですが。
そうですか。ぼくはどんな組織でも、ろくでもない人もいれば、どちらでも無い人、そして至極真っ当な人も居るというのが持論なんですが、日本の新聞社というのはかなり重症だと思いますね。至極真っ当な人達が頑張って起ち上がらないと、ちょっとヤバいことになりそうな気がしまう。