先の5月24日の配信記事だが、ちょっと気になった記事があった。ashi.comから以下引用。
床面積1万平方メートルを超える大規模なスーパーなどの集客施設が郊外に出店するのを原則禁止する改正都市計画法が24日、参院本会議で可決、成立した。来年秋にも施行される見通しだ。
知ってました?ぼくはそういう話しもあったかなという程度で、ましてや成立したとは知らなかった。
『シャッター通り』となっている中心市街地の空洞化に歯止めをかける狙いだそうだが、まず引っかかったのは、それで地方都市の『シャッター通り』と言われている中心部の空洞化を、本当に止めることができるのだろうかということ。
やってみないと判らない。そうかもしれない。完璧な法律なんて無いのかもしれない。しかし、どうしても短絡的な発想だという気がして仕方がない。
ぼくも、父方の郷里、四国は香川県のとある街に、墓参りで何年振りか(いやおそらく10年以上だろう)で訪問した時、幼少の頃、夏休みに訪れていた時の賑わいが見事に無くなっているのにびっくりしたことがある。その地はJRの駅から歩いて10分も掛からないような所である。その郷里の家の直ぐ側にはアーケード街の市場もある。今もあるのだが、ほとんどの店舗が閉めてしまって、それこそ『シャッター通り』となっていた。
この地域の場合は、より駅に近い国道沿いに、大きな、おそらく地元資本のスーパーマーケットができたので、郊外に商業施設が移ってしまったというのとは状況が違うのかもしれない。それにまだまだ駅の周りが中心地になっている。ただし、栄えている駅というのがより集約化されているようではある。しかし『シャッター通り』の出現という現象は、この状況を目の当たりにして、より具体的にイメージができた。
地方都市というのは、それはもう車社会である。ぼくの父の郷里もご多分に漏れず、駅から近いとは言え、列車の本数は日中なら一時間に一本あるかないかだ。自然と移動は車が便利ということになるし、数駅なら車で移動したら大した時間では無いので、商業施設も集約化される傾向にあるのだろうと思う。
だったら何が問題だということになるが、車の運転ができればそれほどの不便は無いであろう。しかし高齢化したりして車の運転ができなくなれば、それは一挙に不便になる。でも、これは地方都市だけではなく、ぼくの住んでいるニュータウンと言われる大都市部の郊外も例外ではないかもしれない。まあ、それでもバスが一時間に4本くらいは走っているから比べ物にならないが。
おっと、また本題から逸れそうだ。少なくとも『シャッター通り』というのが中々やっかいな問題であるというのは理解していると思って頂きたい。しかし、郊外の出店を規制したら各駅前に賑わいが戻るとどうして言えるのだろう。確かにある駅は賑わいが戻るかもしれない。しかし各駅ごとに大きな商業施設ができることはあり得ないし、だからこそ旧来の小店舗が復活すると言うことなのだろうが、前述した通り、もはや車が生活の一部なのだ。地元商店に魅力が無ければ、ちょっと車を飛ばしてという人がほとんどではないだろうか。
下手したら、車でしか移動できない地域とは言え、せっかく近隣に商業施設ができるという機会さえ無くしてしまうかもしれない。ぼくに妙案があるわけでは無いが、単純に郊外の商業施設建設を規制すれば済むという問題ではないと思うのだ。
更に一番不可思議だったのが、これを国の法律で決めようということだ。地方分権と言われているのに、これこそ地域ごとの実情に即して、その地方に権限を全面委譲するべきではないのだろうか。
と、思ったら、asahi.comの記事にはこうもある。
いずれも市町村が指定する用途地域のうち、中心部に多い商業、近隣商業、準工業の3地域にしか出店が認められなくなる。
えっ、市町村が指定するって、結局は市町村が権限を持っているのか?いったいこれはどういう法律なんだ。単にお国のお墨付きが必要なんだと言うことか?判らん。と不可思議に思ったと共に、日本の地方分権の夜明けはまだまだ遠いと思ってしまった。
