なるほどそういう意見もあるのか。
日本がそんなに豊かではなくて、格好ばかりに気を遣っていられなかった時代=70年代をクールに生き抜いた村上作品の登場人物達が、50代になって2000年をどういう風に生きるのか、そういうところに読者の関心はあると思う。
いまの村上春樹は村上作品の主な読者である若者に媚びているとしか思えない。無理に20代の若者のことを書かなくても良いのだ。かっこいいおっさんの話を読ませてくれよ。
portal shit! の森井ゴンザレスさんの最近の村上春樹評【おっさんの話が読みたい】。
たぶん【ねじまき鳥クロニクル】までは比較的作者の年齢に近いキャラクターを主人公にしていたと思う。しかしその後は主人公の年齢もぐっと若くなったり、女性になったりした。
僕は彼の作品を読む場合、登場人物の年齢や性別というものにあまり拘っていなかった。うまく言えないが、作者はこの登場人物に何を言わせたいのか?あるいはその登場人物を通して何を感じていたのか?そんなことに興味が行っていた。そして、それにも増して自分が何を感じるかということに注視していたのかもしれない。
登場人物の年齢や性別が実際の書き手のそれと違っても、その思考の根底には作者の想いというものが凝縮されている。そんな気持ちもあるのだと思う。
かと言って、登場人物の年齢や性別、職業というようなキャラクターに、喚起されるイメージが左右されないかと言われると甚だ心許ない。物語を読み進める上で、登場人物のキャラクターに対して、僕自身の思い込みを持って読んでいるのは確かなのだ。キャラクターに対する好き嫌いもあるし、感情移入をすることさえある。
当然、書き手の方もここはこういうキャラクターでと、考えているだろう。ひょっとしたら、それこそ悪戦苦闘しているかもしれない。そういう意味では、作家にとってはガックリと肩を落としたくなるような読者かもしれない。だって、一生懸命創り上げたキャラクターに重きを置かないなんて、やっぱりちょっとガクッと来るよな。たぶん。
ところで、最近の村上春樹の小説に対して、等身大の自分をモチーフにした小説を望む声が多いとしたら、彼の作品にもう一つ自分を投影できない読者も増えてきたのかもしれない。僕なんかはそれほど違和感を持つ方ではないが、もし村上春樹が実年齢に近い50代の男性を主人公にした物語を書くとしたら、それはそれでどんな物語になるのだろうという興味は強くある。

コメント (3)
遅レス感が漂いますが、ご容赦を。
僕が納得いかないのは、昨今の村上氏が知らない人物(キャラクター)のことを書くことです。そのせいで物語にリアリティーがなくなってしまう。フィクションにリアリティーを求めてはいけないという反論が存在するであろうことは百も承知なんですが、僕が言っているのは単純な現実性とは違うのですよね。シンパシーと言った方が正確かも知れません。読者が物語に共感できるかどうかが重要だと、かつて村上氏自身も言っておられました。果たしていまの年齢の村上氏に、ニルヴァーナを聞いて育った現代の若者の気持ちを表現することができるのか? 我々の共感を呼ぶことはできるのか?
『海辺のカフカ』、『アフターダーク』の二作は無理して若者に迎合しようとしているとしか思えないのです。少なくとも僕はこの二作に共感することはできませんでした。登場人物の荒唐無稽なキャラクターを、所与のもとして全面的に受け入れることはできなかった。
投稿者: 森井ゴンザレス | 2006年04月03日 22:11
日時: 2006年04月03日 22:11
なるほど、今少し考えてみたのですが、確かにシンパシーの微妙なズレというのはあるんだろうなあと思います。僕なんかは村上氏より世代的には若干下だけど(村上氏って57歳くらいでしたっけ?)彼の育った背景も実感として思い出せます。だからキャラクターに今の若者を持ってきても、その微妙なズレが感覚できないのかもしれません。
ところでニルヴァーナって初めて聞きました。シアトルバンドってあったんだ。
投稿者: Keizo | 2006年04月03日 23:42
日時: 2006年04月03日 23:42
ニルヴァーナは90年代育ちの若者を示す象徴的なアイテムとして取り上げてみました。かつて我々はみんなズタボロのジーンズを穿き、赤ん坊がプールで泳いでいるTシャツを着ていました。団塊の世代にとってのドアーズやジミヘンのような存在でしょうか。ちなみにエッセーを読む限り、村上氏自身はオルタナティブ・ロックでもパールジャムやレディオヘッドが好きなようですね。すみません、全然元記事とは関係なくなってしまいました。
投稿者: 森井ゴンザレス | 2006年04月04日 08:29
日時: 2006年04月04日 08:29