父が年末に買ってきた鏡餅。先週、母が鏡開きを兼ねてか、七草がゆの中に掘り込んだらしい。僕も食べたのだが、餅は固くてどうしようもない。神棚に飾ってあった小さめの鏡餅だったのが、僕の記憶でもカビなどはほとんど無かったと思う。
おそらく、粥の中に放り込む前に、蒸すか電子レンジでチンでもすれば違ったのだろうが、そのまま入れたようなのだ。
それにしても固すぎると、父が購入したスーパーに現物を持って聞きに行ってきたらしい。そしてメーカーからも電話をもらったのだが、その時に判明したことが、なんと、賞味期限が1月3日と記されてあったらしいのだ。
ネットで調べたら、鏡開きというのは、地方によっては早い所で4日というのがあるらしいが、通常は11日とのこと。と言うことは、そもそも食用には適していないと言うことなのか?まあ、消費期限では無く賞味期限だから、美味しくいただけないかもしれないけど・・・と言うことなのかもしれない。
実際、その後、僕が電子レンジでチンをした餅で善哉を作ったら、表面の固さは残っているものの、まあ何とか食べれないことも無かった。しかし、確かに僕の幼少の頃の餅とは質が違うような気はする。昔のものは、黴びるのは最近の物より早かったようだが、黴びさえ取ってしまえば、十分に柔らかかったような記憶がある。
作り方などが変わってきているのかなと思いつつ、今日、しめ縄を燃やしに神社に行ったら、なんと鏡餅がわんさか棄てられているではないか。そこの神社では、しめ縄に付いている柑橘類などを分けて棄てるようになっているのだが、その場所に鏡餅が積み上げられているのだ。
そうなのか。最早、鏡餅を鏡開きの後、食するという人達も少なくなっているのか。しかし、だったらそもそも餅でなくても良いんじゃないか?縁起物だからって餅を飾っているのなら、食することなく棄てちゃったら、それこそ縁起が悪く成りはしないだろうか?
世の中が変わるのは解る。その上で風習も変わるだろうけど、食する為の餅が山のように棄てられているを見て、それは違うだろうと思ってしまった。僕なら最初から鏡餅を飾らないことを選択する。どうも風習の表面だけを残して、大事なことを忘れていないかな。
