観てもいないのに感想なんぞをエントリーした『ALWAYS 三丁目の夕日』(過去記事:『観てないけれどALWAYS 三丁目の夕日』参照)、木曜日のレイトショーで観てまいりました。
ちょっと風邪の前兆を感じてはいたのですが、なんせ金曜日には上映終了とのことだったので、今日行くしかないでしょうと、いそいそと出かけました。と言っても、車で5分くらいの所にTOHOのシネコンがあるので、ホンのご近所。その割には今回が初めて。どれだけ映画を観てないんだと言うことですね。
いやー昨今のシネコンってスゴイですね。色々工夫してますわ。料金だって通常1,800円の所が、その日はレイトショープラス特別料金で1,000円。これで多少マイナーな独立系の映画もやってくれればなお良いんですけどね。
あのね、てっきり自由席かと思っていたら、チケット購入時に座席指定をするのね。なにせ久々の映画だったもんで、最近目も良くないし近くの方が良いだろうと、前から4列目を指定しました。これが間違い。ちょっと前過ぎますって。それほど混み合っていなかったので後ろに移動しても良かったのですが、そのままそこで観てしまいましたけどね。
ところで肝心の映画の方、面白かったです。満足しました。CGを駆使して走らせたという都電も違和感ないし、東京と大阪の違いはあれ、自分が幼かった頃の時代を彷彿とさせてもくれました。
観る前の感想で東京タワーが象徴性を表わしていると記したけれど、確かにそれも間違いではないだろうとは思います。だけど見終わってからは題名の通り【ALWAYS 三丁目の夕日】こそが象徴性を表わしているんじゃないかと思うようになりました。
時代は変わったけれど夕日は変わっちゃいないんだよ。いや宇宙のレベルでは多少は変化しているんでしょうけど、それを人間の営みに照らしてみると変わっていないと言っても良いでしょう。
だけどさ、現代を生きる我々は何処か過去のあの時代に郷愁を覚えたり、郷愁は無くっても、今、なんか違うんじゃないかと、色んなことに懐疑的になったりするわけですよ。たぶん。100%昔が良かったなんて個人的には全然思ってないですけど、それでも失った、いや忘れてしまったことってのは確かにあるでしょうね。
それが何だか解らないのだけれど、敢えて忘れたという言葉を使ったのは、それが必要なら思い出せばいいんですよね。ALWAYS いつも綺麗な夕日がそこにあるんです。少なくとも希望を持って素敵な未来を心に思い描けば、きっと『綺麗だなあ』って夕日を眺められるんじゃないでしょうか。
そんな風に思いながら家路についたら、あらやっぱり風邪。おかげで金曜日は寝込んじゃいました。しかもこの映画好調のようで、ロングラン決定とか。




コメントする