一生懸命弱ってイメージする

もう一年前に読んだ本なのですが、高橋秀実『からくり民主主義』。高橋秀実さんというのはノンフィクションの作家だそうで、実は僕の好きな作家、村上春樹さんがあとがきを書かれているので手に取り、その時初めて高橋秀実さんという方を知りました。

この『からくり民主主義』では沖縄の米軍基地問題、若狭湾原発銀座、諌早湾干拓地、上九一色村のその後、などなど。新聞やテレビで取り上げられた問題を、実際に現場に行って当事者に取材されています。

たもとさんのブログ『たもとのあれこれ日記』に、もう少し詳しい内容が紹介されていますのでそちらを参考にしてみて下さい。(て、かなり手抜きですね俺)

上記の出来事について『えっ、そうだったのか』、『そうだろうなあ』ということが満載です。少なくともテレビや新聞では知りえなかった当事者の声がそこにはあるように感じました。

著者の高橋秀実さんは取材を通して多くの人の話に耳を傾ければ傾けるほど、誰が一番悪いとかの結論が出なくなってしまうらしいです。少なくともテレビのニュースにあるように勧善懲悪を分けて、あるいはそう感じさせて片づける訳にはいかないようです。あちらを立てればこちらが立たず。利害関係が絡み合って、いや、かえって絡み合ってるからこそ安定しているのかとさえ思ってしまうらしい。

そんなわけで、村上春樹さんのあとがきでは、高橋さんは会うたびに『いや困りました。弱りました』と言っているとのこと。だからと言って悲観的になっているのでもないし、自分の無力さをさらけだしているのでもない。ただ単に前向きに、一生懸命弱っている。とありました。

ある物事については答えや結論が必要。その気持ちは僕にも十分あります。そして結論を出してその次に進む。あるいはトライアンドエラーを繰り返しつつ、少しづつでも良くなれば、そんな思いもあります。

でも、できるだけ早く結論を導くために簡単にまとめられた情報や、ある意味偏った情報だけで判断していないだろうか?少なくとも自分が得ている情報は、直接の当事者でもなければ、確実に第三者が得た情報なんですよね。情報だけではなく、時には結論さえも誰かが考え思いついたものなのに、自分の意見としていることさえあります。

ええ、仕方がないと言えばその通りです。総ての物事に直接係わることなんてまず無理です。そんなことをしていたら体が幾つあっても足りません。そして弱ったことに、僕達の住んでいる世界はそんな物事で溢れています。実際『弱った。困った』と僕も思います。

だったらどうすりゃ良いのか?一つには、村上春樹さんが高橋秀実さんを評しているように、せめて悲観的にならず、ただ単に前向きに一生懸命弱りたい。弱るというか、考えることだと思うのです。

そしてもう一つ、この前終了したドラマで『女王の教室』というのがありましたよね。残念ながら僕は最後の二話ぐらいしか見ていないのですが、主人公の教師が子供たちに『イメージできる?』というセリフをよく投げかけていました。これですよね。

『イメージする』というのは、より自分の事として想起しなければ出来難いことだと思うのです。自分自身が物事の中に含まれているとして考える。それが『イメージする』ということだと思うのです。

情報も必要でしょう。ましてや知識はもっと必要でしょう。でも自分で考える、『イメージする』というのを付加することで、もっともっと厚みのあるものになるんじゃないでしょうか。

からくり民主主義からくり民主主義
高橋 秀実


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世の中にはいろいろな問題があり、それらは主に新聞やテレビなどのマスコミを通じて私たちに伝わってくる。少なくとも私の場合はそう。あとはたまに週刊誌など読み、なんだ... [詳しくはこちら]

コメント (1)

始めまして。TBありがとうございます。

この本は、だいぶ前に読んだので、記憶が薄れております。
世の中でいろいろな事件があって、いろいろな利害関係やら都合があって、なかなか部外者には真相がわかりかねます。

マスコミに操作されたくないけれど、自信ありません。脳が弱い私は新聞を理解するのだっておぼつきませんし。いろいろな媒体から情報を得るのがいいんでしょうか?


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