前から不思議だったのですが、何故道路公団の赤字が40兆円にもなったのでしょうか?だってね、最初に高速道路ができてからずっーと通行料を徴収してるんですよ。その上ガソリン税とかもほぼ小売価格の半分を占めてるわけでしょ。あっ、でもこれは高速道路に使われるんじゃなくて、一般国道や自動車専用道路などに使われているんでしたっけ。
ネットで調べたのですが、日本道路公団ができたのが1956年。そして日本で初めての高速道路が1963年の名神の栗東〜尼崎間だそうです。僕は東京の首都高が最初かなって思っていたのですが違ったんですね。いずれにしても東京オリンピックに間に合わせるために早急に作る必要があったのでしょう。
だからお金も無かったし、まずは借金をして造って、あとから通行料収入で返済して行こうという手段が取られたらしいです。まあ、戦後復興が軌道に乗り出した時期で、まだまだ日本国も金持ちじゃなかったんですね。
道路が整備されたら交通や流通が便利になり、ひいては産業も成長し企業からの税収もアップする。それを見込んで借金をして道路は造るが、返済はアップした税収を充てるという考えもありだったと思うのですが、『いや、そいつは道路を使わない人達には不公平だ』とか色々あったのでしょうね。
僕は、今や車を使わないから道路に税金を使うのは嫌だって言えない社会になっていると思うのですが、それも今だから言えることであって、当時だったらどうだったか自信ないですもんね。『車なんて贅沢品で、車を所有する金持ち連中が負担すればいいじゃないか。』って、多少は思ったかもしれません。
こいつはあくまで想像ですが、当時の政治家や官僚の方々の中でも、それなりの議論があったと思うのですよ。やっぱり世界を見ていれば、この先どうのような社会になって行くかぐらいは想像できるだろうし、理想もあるだろうしね。
経過はどうであれ、まず借金をして道路を造り通行料収入で返済して行こうという道を選択したわけですが、ここから先が不可解なんですよね。何年ぐらいでしょう、1980年を境にしてだと思うのですが、やたらと日本に経済力がついて、ジャパンアズナンバーワンなんて言われるぐらいの経済大国になったわけですよね。
当然税収も伸びただろうし、お国の方にも余裕があったのだろうと思うのです。だったらどうしてそこで方向転換しなかったのだろう?考え方を変えるチャンスは幾らでも在ったのじゃないでしょうか。
『政治や行政のことが全然解ってないド素人が!!』ハイ、そうです。わかってないです。でも本当に不可解なんです。ジャパンアズナンバーワンと言って悦に入っていたのは、あれは一体何だったのでしょう?ほんのいっ時優越感らしきものに浸れて良かったじゃねえか。って、それだけかい!!
確かに日本国民の生活は底上げされていると思います。戦後の荒廃なんて知らない1956年生まれの僕ですが、自分の幼少の頃の記憶を辿っても生活が向上しているのはまぎれもない事実です。
だけど高速道路は30数年経っても無料化にできなかった。それどころか40兆円も借金作っちゃった。僕は不思議で仕方がありません。それほど道路公団というのは無茶なことをやってきたのか?あるいは道路というのはそんなにお金の掛かるものなのだろうか?
Wikipediaで高速道路を検索すると、無料のアウトバーンで有名なドイツでも一部有料化になったり、その他の国でも一部有料だったり検討しているとか。それほど環境対策や整備維持などにお金がかかってきて、ある程度は通行料を徴収するというのが流れのようです。(予断ですが、イタリアの高速道路は有料で、日本より先に民営化されたのですが、なんとあのベネトングループの会社が運営しているんですって。)
だけど無料で通行できる高速道路も依然として多くある様子。『それに引き換え日本は』ってやっぱり思っちゃいます。
何故、無料化することもなかったのにこんなに赤字になったのかが不思議でウエブを彷徨ったのですが、そのことにたどり着く前に、一つのことに気付きました。それは『どうして日本の行政というのは、臨機応変、迅速対応、間違ったら正すと言うことが苦手なんでしょう。』ってことです。一度決まったことは梃子でも動かねえって、そんな感じさえ受けます。
うわ、ボヤキになってしまった。『♬林檎はなんにも言わないけれど・・・♬ 林檎が喋ったら八百屋のおっさん、うるさあてやってられんわ!!』(By 人生幸路)
